子どもたちと一緒に、いろいろな世界を経験する中で、私にはもう一つ気になっていたことがありました。
それは、海外の障害者教育です。
アメリカには毎年のように行っていました。
街で車いすの方や障害のある方を見かけることも、日本よりずっと自然でした。
教育の環境も、日本より進んでいるように感じていました。
「日本はまだまだこれからだな。」
そんなことを思いながらも、当時の私は、自分でできることを探すしかないと思っていました。
そんなある時、レンを迎える前に、しばらく海外へ行けなくなると思い、子どもたちを連れて従姉妹が暮らすオーストラリア・メルボルンを訪れました。
その時の私は、まだ気づいていませんでした。
この旅が、私の子育ての考え方をさらに大きく変えることになるなんて。
実は、心理士さんから忘れられない言葉をいただいていました。
「華ちゃんは、言語も文化もルールも違う外国に、毎日いるような感覚なんですよ。」
その言葉を聞いた時、私はハッとしました。
華は日本で生まれ、日本で暮らしています。
でも、本人の感じ方は、周りのみんなと少し違う。
だからこそ、不安になったり、戸惑ったりすることがある。
私は、その言葉をずっと心に留めながら子育てをしてきました。
そしてメルボルンで、華の様子を見ていた時です。
「これだ。」
そう思いました。
移民の国であるオーストラリアには、さまざまな国の人が暮らしています。
言葉が違う人。
文化が違う人。
宗教が違う人。
英語が話せない人。
そんな人たちが、ごく自然に生活していました。
違うことが、特別ではない。
その空気が、そこにはありました。
そんな環境の中で過ごす華は、日本にいる時よりものびのびとして見えました。
障害がある子としてではなく、一人の子どもとして、その場に自然と溶け込んでいました。
私は胸が熱くなりました。
華に必要なのは、「障害をなくすこと」ではなかった。
華らしくいられる環境を見つけることだった。
それが、私にとって大きな気づきでした。
もちろん、日本で同じ環境をつくることは簡単ではありません。
でも、「環境は変えられる」ということを知った私は、日本でも華が安心して過ごせる場所を探し続けようと決めました。
振り返ると、私の子育てはいつも「環境」を探す旅だったように思います。
そして、その旅は今も続いています。

