人生は冒険。子育ては『好きを探す旅』だった|笑顔でいられる選択をしてきて思うこと

子どもたちに、将来こうなってほしいと思ったことはありますか?

医者になってほしい。

お金持ちになってほしい。

有名になってほしい。

私は、そういうことを願った記憶はあまりありません。

でも、生まれた時からずっと変わらず願ってきたことがあります。

どの国にいても、笑顔で、その子らしく輝いていてほしい。

それだけは、今も変わりません。

振り返ってみると、私の子育ては、

「好きを探す旅」

だったのかもしれません。

「縛られたくない」と「続けられない」は違う

そもそも私は、昔から型にはまることが苦手です。

「普通はこう」

「こうするべき」

と決められるのも、縛られるのも好きではありません😆

でも、何でも自由にやって、嫌になったらすぐ辞めるタイプかというと、それも少し違います。

私はテニスに夢中だった頃、ある意味10年間、テニスに縛られた生活をしていました🫣

それでも続けられたのは、その先に自分が目指したい場所があったから。

誰かに決められた道を歩くのは苦手だけれど、

自分で選んだ道なら、とことんやれる。

だから私にとっての「自由」は、好き勝手に生きることではなく、

自分で選び、その選択に責任を持つこと

なのかもしれません。

そして、やってみて違うと思ったら、また考える。

軌道修正すればいい。

人生は冒険。

行動した先に何が見えるのかは、行ってみなければ分かりません。

私は昔から、そんなふうに生きてきたタイプです。

でも、子育ては自分の人生ではない

自分の人生なら、

「やってみよー!違ったら変えよー!😂」

で済みます。

でも、子育てとなると話は別でした。

これは私の人生ではなく、子どもたちの人生だから。

私の価値観を押しつけていないだろうか。

もっと「普通」と言われる道を勧めた方が、この子たちのためなのだろうか。

勉強しなさいと言わなくて、本当にいいのだろうか。

迷ったことは何度もあります。

それでも二人を見ていると……

どうやら我が子も基本的には私と同じだったようです😂

決められた道を歩くより、自分が面白いと思った方へ行きたい。

だったら親の私にできることは、子どもたちの道を決めることではなく、

できるだけいろいろな世界を見せること。

そんなふうに考えるようになりました。

英語を習わせるより、英語のある環境へ

子どもたちが小さい頃から、アメリカへ行く機会がありました。

でも私は、英語を話すことを強要したことはありません。

日本で多くの子が通っていた英会話教室にも、本人たちが望まなかったので通わせませんでした。

英会話教室へ通うことと、英語を話せるようになることは、必ずしも同じではない。

自分自身の経験から、そう感じていたこともあります。

ところがアメリカへ行けば、姪っ子たちと英語と日本語を混ぜながら普通に遊んでいる。

現地のキャンプに参加しても……

何とかなっている😂

そして何より驚いたのが、聞き取る耳。

幼い頃から英語のある環境に触れていたからなのか、私には羨ましいほどでした。

私は大学を卒業して留学した時、英語の耳が慣れるまで4か月ほどかかりました。

だから余計に、

環境ってすごいな。

と思いました。

今すぐ話せなくてもいい。

海外へ出た経験と、英語を聞いた経験があれば、いつか本人が、

「英語を話したい」

と思った時、スタートラインが少し違うかもしれない。

自分で話せたら楽しいことは、本人たちが一番分かっているはずです。

だったら、学びたくなった時に学べばいい。

親として応援できることは、

環境を用意すること。

それくらいなのかなと思っていました。

「好き」を探して、まずやってみる

そんな考えだったので、子どもたちにはできる限り、いろいろな世界を見せたいと思っていました。

陸が幼稚園の頃には、絵画クラスへ。

細かいことや、何かを作ることが好きだった陸。

最後には、壁一面に貼れるほど大きな絵を描きました。

サッカー教室にも行きました。

練習は好き。

でも最後の試合になると、どうも苦手。

ボールを奪い合うことが、性格的に合わなかったようです。

平和主義なのか?

気が弱いのか?😂

でも、それもやってみたから分かったこと。

「好きじゃなかった」も、一つの大切な経験です。

小さな手で始めた茶道は、10年間続いた

幼稚園の年長で行われたお茶会をきっかけに、陸は茶道にも興味を持ちました。

私が通っていたお稽古に、一緒に通うようになりました。

本人はすぐにでもお点前をしたかったのですが、熱いお湯を扱うため、本格的に始めるのは就学まで待ちました。

小さな手で一生懸命に帛紗さばきをしていた姿は、今でも忘れません。

そして茶道は、中学3年生まで。

約10年間続きました。

お茶会では、小さな男の子がお点前をする姿が珍しかったこともあり、毎回人気者🤭

本人も人前に出ることが大好きだったので、

「僕がやる!」

と、一日すべての席でお点前をすることもありました。

友人の温泉で開かれる雛茶会でも、毎年お点前をさせてもらいました。

こうして振り返ると、陸は昔から、

「僕を見て!」

の人だったのかもしれません😂

やめることにも、終わり方がある

小学生では空手も始めました。

帯が一つずつ上がっていく中で、一年ほど経った頃、

「そろそろ辞めようかな」

という話になりました。

その時はオレンジ帯。

次は黄色帯への昇級でした。

そこで、

「じゃあ、黄色帯を取ったら一区切りにしようか」

と話しました。

親から見ても、陸は戦うことが大好きなタイプではありません。

だから、空手をずっと続けることはないだろうと思っていました。

辞めること自体は悪いことではない。

でも、区切りをつけられる状況なら、

どう終わるかも大切。

そう思っていました。

……学校はすぐ変わりますけどね😂

そこは話が別🤣

何でも「最後まで続けること」が正解だとは、私は思っていません。

何のために続けるのか。
何のために辞めるのか。

そこが大事なのだと思います。

才能があっても、一つの世界だけにはしたくなかった

その後、ハナがホースセラピーを始めたことで、家族みんなが乗馬の世界を知りました。

陸も馬に乗るようになり、モンゴル人のインストラクターから、

「陸を育てたい」

と言っていただき、障害飛越にも挑戦しました。

C級ライセンスまで取得。

この時、私は陸の意外な一面を知りました。

 

障害飛越のコースを覚えるのが、とにかく早い。

一度で覚える👀

「興味があることなら、こんなに記憶力あるの⁉️」

と思いました😂

そして競技会では、出場直前に落馬。

それなのに本番では、何事もなかったようにコースを回り、最年少で入賞しました。

この時、

この子、意外と度胸あるな🤭

と思ったものです。

体幹の強さも認めてもらい、インストラクターからは国体や全日本を目指して育てたいと言っていただきました。

ありがたいお話でした。

でも、そこで私たち家族は乗馬の世界から離れることを選びました。

アメリカへ行くこと。

他の習い事をすること。

いろいろな世界を見ること。

それらをあまり良く思ってもらえなかったからです。

私には、一つだけ引っかかるものがありました。

私は、陸に乗馬の世界だけを見せたいわけではない。

才能があるから、その道一本にする。

それも一つの選択だと思います。

でも私が子どもたちにしてあげたかったことは、もっとたくさんの世界を見せることでした。

だから、離れました。

乗馬の次は、合唱団😂

小学4年生からは、ハナが入っていた合唱団へ。

社会性を育むという意味でも、とても素晴らしい環境でした。

男の子は3人。

そして「僕を見て!」の陸は……

センターで踊りました🤣

曲は「おどるポンポコリン」。

サングラスをかけて、ちょっとふざけた役😂

乗馬で障害を飛んでいたかと思えば、今度はサングラスでポンポコリン。

それでいい🤣

いろいろな自分を経験したらいい。

中学生になり、陸上部へ入ることを決めて退団しました。

また一つ、次の世界へ。

親の希望と、本人の希望が違ったこと

「親の希望と、本人の希望が違ったことは?」

と聞かれると、意外と思い浮かびません。

基本的に、本人の意思を尊重してきたからだと思います。

でも、一つありました。

中学受験です。

当時、習字の先生に勉強も見ていただいていて、

「隣町の有名進学校へ行ける力がある」

と言われました。

中高一貫校なら高校受験もない。

その分、好きなことに夢中になれる時間も作れるかもしれない。

「いいんじゃない?」

と私は思いました。

ところが陸は、

NO‼️

勉強したくない😂

……だよね。

母も、その応援は無理だったわ🤣

子育てなんて、迷走ばかり

こうして書くと、私が何か強い信念を持って、迷わず子育てしてきたように見えるかもしれません。

全然です😂

迷走はいつもしています。

一貫校の小学部に通っていた陸は、5年生で勉強も学校も嫌になりました。

「ここにいていい?」

「どうする?」

と話し、ハナが通っていた公立小学校へ転校しました。

高校受験では、

「環境を用意するところまでは親の役目かな」

と思い、塾という選択肢もなくしませんでした。

でも、本人は乗り気ではない。

それでも、

「ここはどう?」

と私が探しては、陸が選ぶ。

結果……

塾も4か所変わりました😆💦

私自身が「勉強しなさい」と言いたくない人なので、ここは本当に葛藤しました。

このやり方が良かったのか。

今でも答えは分かりません😝

でも、その都度、

「これを選ぶメリットは?」

「デメリットは?」

と本人と一緒に考えてきました。

だから後悔はありません。

学校より、息子の大切な一日を守りたかった

そして高校2年生。

また、転校することになります。

人そのものを否定するような教師の言葉に、今度は私がキレました😂

心の中では、

うちの息子、いろんな世界を見てきていますから。
狭い世界だけで、この子の価値を決めないでください‼️🤬

くらいの勢いです😂

そして思いました。

そんな環境で、息子の大切な一日を無駄にしたくない。

翌日は学校を休みました。

レンの散歩をして。

陸の好きなIKEAへ行って。

二人で気分転換🤭

嫌な気持ちを抱えて学校で一日を過ごすより、

私にはずっと充実した親子の一日に思えました。

それでいい✨

そしてすぐ、次の環境を探しました。

友人のお子さんが通っていた通信制高校。

そのほかにも選択肢がないかと、別の通信制高校にも見学へ。

息子の大切な一日を守るためなら、私は動きます。

なぜなら、この先も人生は、

選択の連続

だと思うからです。

正解を選ぶ力より、選び直せる力

生きていたら、これからも何度も迷います。

「こっちだ」

と思って進んでも、

「違った」

と思うこともある。

だったら私は、

最初から正解を選ぶ力より、違うと思った時に軌道修正できる力の方が大切

だと思っています。

選択する覚悟。

選ぶ強さ。

そして、迷ったら動く力。

周りからどう見られるかなんて……

そんなのバカらしい‼️😂

自分の人生のストーリーは、自分で作ればいい🤪

「勉強しなさい」と言わない母は、甘い?

以前、陸から、

「お母さんは勉強やれって言わない。甘い親だ」

というようなことを言われたことがあります。

そこで私は言いました。

「自由こそ、自分の責任。ある意味、一番怖い親だぞ🤗」

自由というのは、

何をしてもいいよ。

お母さんが全部何とかしてあげるよ。

ではありません。

自分で選んだなら、その選択も自分の人生。

うまくいかなければ、また考える。

必要になったら勉強する。

助けが必要なら、人に助けを求める。

そしてまた、自分で進む。

私はそんな力の方が、テストの点数よりもずっと長く人生を支えてくれると思っていました。

迷った時は、生まれた頃の子どもを思い出す

子育てに迷った時、私は時々、

生まれてから1歳くらいまでの、その子の姿

を思い出します。

陸は、赤ちゃんらしからぬほど、どっしり落ち着いた子でした。

抱っこしているより、ベッドへ下ろした方が寝る。

母乳なのに夜は9時間以上ぐっすり。

本当に手のかからない子でした。

一方、ハナは正反対。

お腹にいる時から脳室が広いと言われ、水頭症の可能性を疑って羊水検査も受けました。

「障害がある可能性があります」

そう知らされた時、

私が障害のある子を育てる?

一瞬、目の前が真っ暗になりました。

そして夜中に生まれたハナは……

ずっと泣いている😂

部屋も空いておらず、朝まで分娩室。

その時、

「きっと手がかかる子だ👀」

と思った記憶があります。

今思えば、二人とも小さい頃から、その子らしさはちゃんとありました。

犬だってそう。

先代犬のスポットもレンも、子犬の頃から兄弟犬に押しつぶされながら寝ているような穏やかな子でした🐶✨

生まれ持った性質って、案外ずっとその人の中にあるのかもしれません。

黒い子がレン

だから私は、

その子が元々持っている大切な芽を、親の価値観で潰したくない。

そう思っています。

ましてや、その芽を誰かに潰されるのは……

もってのほかです‼️😂

私の子育ては「好きを探す旅」だった

絵画。

サッカー。

茶道。

空手。

乗馬。

合唱。

陸上。

海外での経験。

学校だって、何度も変わりました。

続いたものもあれば、辞めたものもあります。

「これは違ったね😂」

というものも、たくさんあります。

でも、全部やってみたから分かったこと。

好きも、嫌いも、得意も、苦手も、やってみなければ分からない。

そして、続けることそのものが正解でもなければ、辞めることが失敗でもない。

自分が目指したいものがあるなら、続ければいい。

違うと思ったなら、方向を変えればいい。

だから振り返ってみると、私の子育ては、

子どもたちと一緒に「好き」を探す旅だったのかもしれません。

親ができるのは、環境を用意すること。

いろいろな世界を見せること。

経験できる機会を作ること。

そして本人が選んだら、

信じる。
見守る。
応援する。

違ったら、また選び直せばいい。

人生は冒険。

行動した先に何が見えるのかは、行ってみなければ分かりません。

だから私は、子どもたちの人生の地図を私が描くのではなく、

自分で歩いて、自分で選び、自分で軌道修正できる人になってほしかった。

勉強しなさいと言った方が良かったのか。

もっと違う道を勧めた方が良かったのか。

それは今でも分かりません。

子育てに、答え合わせなんてないのかもしれません。

でも今、子どもたちがそれぞれの場所で楽しく暮らしている。

それを見られることが、親として何より幸せです。

だって、

幸せは、自分の心が決めるものだから。

そして私が子どもたちに願うことは、生まれた時から今まで変わりません。

どの国にいても、笑顔で。

その子らしく、輝いていてほしい。

これから先も、きっと迷うでしょう。

道を変えることもあるでしょう。

立ち止まる日もあるでしょう。

それでも、自分で選んだ道なら進めばいい。

違ったら、また選び直せばいい。

人生は、まだまだ冒険の途中です☺️✨

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