辻希美さんのニュースを見て、娘の「夜驚症」を思い出した
辻希美さんのお子さんが「夜驚症」であることを公表されたというニュースを見ました。
「夜驚症」という言葉を目にした瞬間、娘が小さかった頃のことを思い出しました。
娘も長い間、「夜驚症」と診断されていたからです。
3歳頃から始まった、夜中の異変
娘の症状が始まったのは、幼稚園へ通い始めた3歳頃でした。
眠っていると、夜中に突然、水に溺れているかのように手足をバタバタさせ、「あぷあぷ」と苦しそうに暴れ出す。
大きな奇声をあげることもありました。
それだけではありませんでした。
頭を床に何度も打ちつけたり、自分の鼻をゲンコツで叩いたりすることもありました。
どうしてそんなことをするのか。
本人も苦しそうで、止めようとしても止まらない。
始まりは、月に数回程度でした。
でも、一度症状が出始めると、その日は何度も繰り返しました。
ようやく落ち着いて眠れるかと思うと、また始まる。
そんな夜が何日か続き、娘も私たちも眠れない。
そして数日後、疲れ果てるようにしてようやく眠る。
しばらくすると、また同じことが始まる。
その繰り返しでした。
小さな頃は私一人でも何とか抑えることができました。
でも、成長するにつれて力も強くなり、主人と二人がかりで抑えなければならないほどになっていきました。
あまりに大きな奇声をあげるので、近所迷惑になるのではないかと、枕を使って声を抑えようとしたこともあります。
今思えば、私たちも必死でした。
眠れない娘を乗せて、あてもなく走った夜
何をしても眠れない。
そんな夜は、主人が娘を車に乗せ、あてもなくドライブをしてくれました。
私たちが暮らしているのは、海のない岐阜県です。
それなのに、眠れない娘を乗せて走り続け、海まで行っていた日もありました。
どこへ行けば眠ってくれるんだろう。
どうしたら、この子を楽にしてあげられるんだろう。
答えのないまま、ただ夜が明けるのを待つ。
今振り返ると、あの頃が私の人生で一番つらい時期だったと思います。
約7年間、「夜驚症」だと思っていた
病院では「夜驚症」と診断され、漢方薬の抑肝散を処方されていました。
3歳から10歳頃まで。
約7年間、私たちはずっと、
「これは夜驚症なんだ」
と思っていました。
主治医の先生を信頼していましたし、私自身、ほかの病気を疑うこともありませんでした。
でも、今振り返ると、大切なサインはありました。
娘の症状は、夜だけではなかったのです。
実は、日中にも出ていた
娘は日中にも、同じような症状が出ることがありました。
特に今でも覚えているのが、小学校の運動会です。
運動会の最中に症状が出て、毎年のように途中で早退していました。
それでも当時の私は、
「夜驚症と言われているのに、なぜ昼間にも起きるんだろう?」
と疑問を持つことができませんでした。
後になって、夜驚症とてんかんを見分ける時の一つの手がかりとして、日中にも同じような症状が出ているかという話を医師から聞きました。
その時、運動会での娘の姿が頭に浮かびました。
「あれも、そうだったのかもしれない」
後になって、点と点がつながっていきました。
もっと早く、私が気づいてあげられていたら。
そう思うと、今でも後悔する気持ちはあります。
「本当に夜驚症なのだろうか」
やがて、神経を専門とする小児科の先生に相談することになりました。
でも、そこでも診断は簡単ではありませんでした。
夜驚症なのか。
それとも、てんかんなのか。
判断が難しいと言われました。
そして、さらに詳しく調べるために紹介されたのが、静岡てんかん・神経医療センターでした。
そこで詳しい検査を受けた結果――
娘には「てんかん発作」があることが分かりました。
長い間「夜驚症」だと思っていた娘に、てんかんがあったのです。
そして、
「もっと早く分かっていたはず」
という話を聞いた時、私はとてもショックを受けました。
3歳から10歳までの約7年間。
もっと早く、私が気づいてあげられていたら。
もっと早く、
「本当に夜驚症なのかな?」
と疑問を持っていたら。
そう考えずにはいられませんでした。
てんかんと分かった後、主治医の先生から言われたこと
てんかんと診断されたことを、それまで長く娘を診てくださっていた主治医の先生にも報告しました。
すると先生は、
「精神を専門にしている自分の弱いところだった。申し訳なかった」
と謝ってくださいました。
私は、先生を責めたいわけではありません。
それだけ、夜驚症とてんかんを見分けることは難しかったのだと思います。
ただ、私は医師に頼りすぎていたのかもしれません。
先生が「夜驚症」と言うのだから、そうなんだ。
そう思い続けていました。
もちろん、医師を信頼することは大切です。
でも、一番長く子どもの姿を見ているのは、私たち親でもあります。
今振り返れば、娘は何度もサインを出していました。
夜中、一度始まれば何度も繰り返していたこと。
日中にも症状があったこと。
小学校の運動会でも、毎年のように症状が出て早退していたこと。
一つひとつをもっとよく見て、
「何か違うかもしれない」
と考えることができていたら。
もう少し早く、専門の先生につなげてあげられたのかもしれません。
すべてが「てんかん発作」だったわけではなかった
そして、娘の話にはさらに続きがあります。
てんかんと診断されたことで、
「これで、今までの症状の理由が分かった」
そう思いました。
でも、実際はそんなに単純ではありませんでした。
後になって、娘に起きていたすべての症状が、てんかんによる発作だったわけではないことも分かっていきます。
頭を床に打ちつける。
自分の鼻をゲンコツで叩く。
そうした症状の中には、後に「非てんかん発作」と分かったものもありました。
「夜驚症」だと思っていた娘に、てんかんが見つかり、その後さらに、てんかんではない発作もあることが分かる。
私たちも、長い時間をかけて一つずつ知っていきました。
このことについては、また別の記事で詳しく書きたいと思います。
夜驚症=てんかん、ではありません
ここは、この記事を書くうえで一番伝えておきたいことです。
夜驚症のお子さんが、てんかんだということではありません。
そして、私たち親が症状だけを見て判断できるものでもありません。
娘の場合は、長い間「夜驚症」と診断されていたけれど、専門の医療機関で詳しく調べた結果、てんかん発作があることが分かりました。
これは、あくまでも私たち親子の経験です。
ただ、もし今、
「本当に夜驚症なのかな」
「先生にはそう言われているけれど、何か引っかかる」
そんな小さな違和感を抱えているお母さんやお父さんがいたら。
いつ、どんな時に、どんな症状が出たのか。
夜だけなのか、日中にもあるのか。
どのくらい続くのか。
一度始まると何回くらい繰り返すのか。
できる範囲で記録して、専門の先生に相談してみてもいいのかもしれません。
あの頃の私にも、そう伝えてあげたいと思います。
あの7年間を振り返って
辻希美さんのニュースを見て、久しぶりに「夜驚症」という言葉を目にしました。
そして、忘れていたわけではないけれど、普段は心の奥にしまっている、あの頃のことをたくさん思い出しました。
夜が来るのが怖かったこと。
家族みんなが眠れなかったこと。
主人が娘を車に乗せ、あてもなく走ってくれたこと。
海のない岐阜県から、海まで行ってしまった夜があったこと。
そして、
「もっと早く気づいてあげたかった」
という思い。
今だから書けることなのかもしれません。
私たちの経験が、今まさに眠れない夜を過ごしている誰かの目に留まり、
「一度、専門の先生に相談してみようかな」
そう思う小さなきっかけになれば。
あのつらかった7年間にも、きっと意味があったのだと思います。

